僕はシンプルな男 〜7日目・アテネ〜
同室したスイス人マルコとフランス人エラは、前日、6時に起きてペロポネソス半島のツアーに行くのだと言っていた。しかしふたりが起きたのは8時すぎだった。私は挨拶やらなんやらが面倒だったので、ふたりが出て行くまでずっと寝たふりをしていた。ドアが閉まってから少し待ち、やっと起き上がる。シャワーを浴び、荷物をまとめた。
出がけに、たまっていた洗濯物をフロントに預けた。いま洗濯しないと明日身につけるものがない(ちなみに靴下だけでは計算違いで1日分足りず、今日履くものは昨日履いたものである)。本当は自分で洗えれば安いのだろうが、ここのホステルにはわざわざ「洗面所などでの手洗いは厳禁」とはり紙がしてあった。ホステルのランドリーサービスは洗濯物が「5kgまでで8ユーロ」。朝出しておけば夕方までには終えておきます(あるいは夜出しておけば朝までには終えておきます)というものだった。
ランドリーといっても私が洗うのは下着類とタオル程度だった。ビニール袋に入れて差し出すと「これしかないの?」と言われてしまう。「5kgまではかなり余裕があるけど」。けれどないものはないんだからしょうがないんだよ。ダメ元で「そのぶん安くなりませんか?」と尋ねるが案の定「それはダメだ」と言われた。
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ホステルを出る。天気が良い。天気が良いだけで、こんなに気持ちのいいもなのかと驚く。僕は単純なんだ。まずはキダシネオン通りの一番の北側にあるカフェに行き、朝食を買った。
サンドウィッチが1ユーロにタコスロールが2.2ユーロ。昨日の夜帰りがけに見つけた店である。ホステルの有料の朝食をもらうことも考えたが、やっぱりこっちのほうがいい。別の店でオレンジジュースを買う。0.8ユーロ。店主のおばさんは本に目を落としていて、こちらのほうは見向きもしない。
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2日前に見学した博物館を通り過ぎて、さらに道を進んだ。アクロポリスの丘の入口は丘の西側にある。さすがにここらへんに来ると観光客でいっぱいである。まわりには中国人の団体がいて、思わず耳をふさいでしまうほどの声でしゃべっていた。中国人は可哀相だと思う。
中国語がたとえ悪気なく普通に喋っていてもどうしても耳についてしまう言語だからだ。少なくともわたしはそう思う。フランス人が普通にしゃべっていても、インド人が普通にしゃべっていても、まったく耳につかない。ところが中国人だと思わずそちらを向いてしまう。偏見なのだろうけど、やっぱり中国人は可哀相だ。あるいは日本語もそう思われているのだろうか? 日本人が外国で日本語を話しているとき、他の国の人にはどう聞こえているのだろう?
「丘」というだけあってすこし上らなくてはならなかった。ヘロディスの音楽堂やらプロピュライアとかいう門やらを見学しながら、階段を一段一段のぼってゆく。天気が良いのだが風が強い。すこし肌寒いくらいである。しかし気分は悪くない。晴れているというだけでここまで気分が良くなるものなのかと思う。さっきも同じことを考えてたよな、と思う。最後の一段をのぼりきると、一気に視界がひらけた。パルテノン神殿が目の前に迫ってきた。
それよりはカメラレンズのゴミが気になった。丘である。まわりに陽のひかりを遮るものはない。開放で撮影していると真っ白になってしまい、しょうがなく少し絞ることにした。すると今度はゴミが写ってしまう。しょうがないよな。いろんなところに一緒に連れて来たレンズだものな。すこし誇らしくなったりもする。
読んでいるあいだにいろんな人が目の前を通り抜けていった。白人の太ったおばさんは白いシャツに青いジーンズをはいて、赤のパーカーを腰に巻いていた。肌は赤く日焼けしていた。典型的な「観光地で見かけるアメリカ人のおばさん」という感じだった。集団で行動しているらしい高校生くらいのグループは、みんな同じような格好をしていた。ブルーのジーンズに、黒い皮のジャケットを着ていた。なんでそこまで同じ格好をするんだろう、と思った。
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すこしゆっくりしてからアクロポリスの丘をあとにし、近くにあるアレオパゴスでぼーっとした。アレオパゴスはアクロポリスの丘の近くにあった、なんというか、大きな岩盤が斜面に沿って突き出ているような場所だった。アクロポリスの丘よりは標高の低い場所にあったけれど、それでも景色がよかった。さっき座っていた場所よりも気持ちがよくて、ここでもまたゆっくりした。『働くということ』を読み進めた。iPhoneをとりだすと何故かWiFiにつながって、撮った写真をそのままInstagramにアップしてみた。
この写真のなかに野犬が一匹、気持ちよさそうに寝そべっています
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坂をおりてゆく。ローマ時代のアゴラ広場というのがあると聞いたので、そちらに向かった。アゴラとは広場という意味だから、アゴラ広場というとおかしいのかもしれないが、とにかくアゴラ広場はアゴラ広場である。この広場でペリクレスが演説をしたり、ソクラテスがしょうもない議論をしていたのである。
しかし閉まっていた。15時で閉まるとかいうまたもやひどい話であった。
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看板猫がいた。お店の配色ともマッチしている
かなり急な坂道をのぼっていくことになる
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ロープウエイというよりはケーブルカーという感じだった。景色を見ようと下側の席に陣取ったのに、進んでいくのは地下道だった。発車した駅が、穴のようになって小さくなっていった。かなりの傾斜で、ここを何かの拍子で滑り落ちたら大変なことになるだろうなあと想像した。丘のてっぺんに到着した。
時間をつぶすことした。昼間の風景を見ているだけでは、さっきと変わらない。レストランに入って、ミソスという銘柄のビールを頼んだ。観光地の丘のてっぺんにあるレストランだから、すこし敷居が高い感じはした。ただビールは5ユーロもしなかったし、まわりにも若い旅行客は沢山いた。サービスで出されたピーナツの塩気がすごくて、けれど全部食べてしまって、最後のほうには唇がしわくちゃになっていた。ここでも私は『働くということ』を読み進めた。あるいはiPhoneで新聞を読んだ。エジプトでは反体制側が体制側とギリギリの攻防を繰り広げていた。
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by photo-by-kohei
| 2011-03-19 01:35
| Greece